ででの日記

好きな話は何度したっていいもんね

ここはファミマじゃない

本にはさまざまなジャンルがある。

文学だけを取っても、文芸・評論・随筆・ミステリー・時代小説・SF……など。

そして私が特に好きなのがミステリー、もっというと「日常の謎」というジャンルである。

日常の謎」とは言葉通り、日常に落ちているふとした謎と、その謎を解明する過程を描いたジャンルである。ミステリーだからといって人が死ななくてもいいし、誰かが不幸になる必要もない。

謎を解くのは職業:探偵だけではない。「日常の謎」を前にすれば、子供からお年寄りまで誰しも探偵になりうるのである。

そして、いつか不可思議な体験をしてみたいと思ってはいたが、ついに出会ってしまったのである。日常の謎に。

 

時は数年前。私は本屋でのんびりと小説を眺めていた。店内BGMの流れない空間で聞こえてくる音は少ない。

レジの接客の声に人々が行き交う足音。そして紙を捲るおファミファミファミ〜マファミファミマ〜♪

 

何?

 

本屋らしからぬ音が聞こえてきた。

ファミファミファミ〜マファミファミマ〜♪

お分かりいただけただろうか、この音楽。そう、緑色の看板が目印・ファミリーマートの入店音である。

そんなわけないだろ、ここ本屋だぞ。

 

聞き間違いだと思った。しかしこのことを忘れかけていたある日、また同じ音を聞いた。

本物のファミマから漏れ聞こえてきた音かもしれないと思った。しかしファミマは道路を挟んで向かいにある。遠すぎる。

 

通気口を辿って?

誰かがイタズラでスマホから鳴らしている?

鼻歌?

幻聴?

 

様々な可能性を考えたが、どれも当てはまりそうになかった。なぜなら、音量が店内放送だからである。

「本屋が意図的にこの音楽を流している」事実には納得したとして、なぜこの音楽なのか、どのタイミングで鳴るものなのか謎が深まるばかりである。

 

ちなみにこの謎、電化製品が好きな人は分かるかもしれない。

 

特に調査をしているわけではなかったが、この本屋が駅前という好立地にあるおかげで、よく足を運んでいた。よく行っていた割にはファミマの入店音が鳴るのは数ヶ月に1回。合計10回も聴いていないと思う。

(聞き間違いかもと思っていた矢先、ついに友人を連れている時にファミマ入店音を聴くことに成功し、晴れて幻聴説は否定されたのである)

入店音が聞こえたら、その場で曜日やら日付やらを確認はしていた。

しかし、○曜日限定や祝日など何か特定の日に鳴るわけではなさそうである。

鳴るのは昼間だったり夜だったり、時間帯も関係なさそう。もちろん、時報のように○時きっかりに鳴るわけでもなさそうである。

 

初心に戻って、本屋の入店音である可能性を考えてみた。しかしそんなことはありえない。入店音ならもっと頻繁に鳴るはずだし、何より自分が入店した瞬間に聴いたことは一度もない。(我々には見えない何かが入店することを察知していたら話は別だが)

では「おめでとうございます!入店○人目です!」と祝う音楽というのはどうだろう。これもありえない。ファミマの入店音が鳴っても、喜ぶ客は誰1人いないからだ。(こんなにこの現象に疑問を抱いているのは恐らく私だけである)

 

……という具合に、初めて本屋でファミマの入店音を聴いてから3年ほどが経った。

ついに、あっさりこの謎が解ける日が来たのである。

 

夜7時。漫画を手に取りレジに向かった。1枠しか開いていなかったレジは埋まっており、私は列の1番前に並んだ。しかしその、ちょうどレジの順番だった人が店員さんに本のお問合せをしていたらしい。レジ担当の人がお客さんとやり取りをしつつ、後ろで1人がパソコンと睨み合い、さらにもう1人がサポートに回っていた。圧倒的に時間がかかりそう、かつ人員不足である。

そんな折、サポート役だったであろう店員がレジスペースの右端から左端へと走っていき、何かを押した。

そして店内に鳴り響いたのである、あの

ファミファミファミ〜マファミファミマ〜♪

が。

 

これが噂の「忙しいボタン」!(※ドラマ「ブラッシュアップライフ」より引用)

なるほど…………と全ての謎が解け感動していたところで店員さんが走ってきて「お待たせいたしました、こちらのレジどうぞ」と片手を挙げたのである。ハイタッチしようかと思った。

 

真相が分かってしまえば大したことではない。「本屋でたまに鳴るファミマの入店音」は「レジが混んだ時に人手が足りないことを知らせるチャイム」だったのである。

 

しかしこの謎、正解を自力で導き出すのはかなり難しいのではないだろうか。

まず「忙しくてチャイムを鳴らす」という現象は多くの条件が重ならないと起こらない。「店が混んでいる」だけでは不十分で、「レジに人が並びはじめたタイミング」かつ「レジの人が足りない」ジャストなタイミングである必要がある。

レジに長蛇の列ができていたとしても、レジがフル稼働もしくは手空きの店員がいなければこのチャイムは鳴らないのである。

そして今まで、このチャイムを聴いた場所がレジの見えない場所だったことが、この謎をより深めたのだと思う。基本的に本棚に遮られてレジの列は見えないし、レジの混雑状況は本棚側の混雑状況を見ても予測できないものである。

そして私は「忙しいボタン」がある文化圏で働いたことがなかったため、その発想に至らなかったのである。

 

さて、入店音が鳴るタイミングの謎は解けたとしてもうひとつ疑問が残る。なぜあの音楽なんだ。なぜ本屋で……。

てっきり、あの音楽はファミマの専売特許だと思っていた。しかしどうやら違うらしい。全ての答えはここにあった。

「ファミマ入店音」の正式なタイトルは「大盛況」に決まりました :: デイリーポータルZ

この記事面白かったのでぜひ読んでほしい。超要約すると、ファミマの入店音はパナソニックの製品に使われており、ファミリーマートのドアがたまたまパナソニック製品だったということらしい。そうだったのか。そんで曲名あったのか。そして、ファミマ入店音が入ったドアホンは今でも買えるらしい。ほんまや、ふつうにAmazonで売ってる。

おそらく、本屋で「忙しいボタン」として使っているチャイムがパナソニック製なのだろう。

 

これで無事「なぜか本屋でたまに鳴るファミマの入店音」という日常の謎は解き明かされたのである。

 

めでたしめでたし。